ありふれた人生の中

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ヨウジ訪店記4

月曜は帰省の帰りにお店に寄ってきました。

 

何度か調べたんですけど、帰省の逆の言葉ってないみたいなんですよね。

 

Uターンとか急にカタカナ。

 

コインロッカーにキャリーケース入れてからお店行こうかと思ったら荷物入れた後に500円分の100円5枚がないことに気づき、両替機が故障中と表示されているのを見て諦めました。

 

お土産(自分用の実家産食べ物)詰め込んでだいぶ重かったので思考が回ってませんでした。

 

ただ、伊勢丹のそれもヨウジがあるフロアってお高い、かしこまったお店ばかりで、その中に大きめのキャリーケース持ち込んで良いのかと悩みましたが行ってしまいました。

 

結果としてもちろんながら担当さんには構わないですよと言ってもらえましたけど、気をつけないとですね。

 

さてさて前置き長くなりましたが、前回訪店時に取り置きをお願いしていたマーチンコラボのブーツを受け取りに向かったのが目的でした。

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でもいつもそうですが、目的だけを終えてすぐ帰るなんてことはないので、あいも変わらず今回も色々とお話を聞かせてもらいました。

 

ヨウジの店舗における「普通」の振る舞いが分からないので「迷惑になってないかな」といつもビクビクしているのですが、反面楽しさと初心者気分を忘れずに色々と学ぶ気概を持ってお話をさせていただいています。

 

今回は何話したかな。

 

今期の人気作から、定番の黒ウールギャバ  以外の服をヨウジと見分けるポイント、今期の蜘蛛の巣柄の意味、コレクションのモデルの決め方・決まり方、女性の二面性のテーマ、女性デッサンの意味、ボタンの素材の見分け方・意味、お店で買うことと古着で買うこと、などなど。

 

あまり表向きに公表していない裏事情なども聞けて興味深かったのと信頼していただけてる感じが嬉しかったですね。

 

ただ、コミュ障というか普段から圧倒的聞き役な性質な私は話を盛り上げる(言葉による)相槌が打てず、ずっとお話させてしまっている気がしてちょっと申し訳ないのですよね。

 

そういう仕事なのだし、普通の店とは価格帯が違うのだからそのくらいは当然、なのかもしれないですけど、もっと自分なりの考えとか脱線して日常の話振れるくらいには関係性を構築したいなと思いましたね。

 

それで、ブーツに加えて、飲食バイト先で被れるキャップも買いました。

 

ニューエラコラボの。

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頭が大きいのとそもそも似合わないことを理由に被らずにジェルで固めていたのですが、ジェルとかワックスとか好きじゃないけどキャップの似合わなさよりはマシと言い聞かせてこれまできましたが…。

 

豪雨の被災地ボランティアに斎藤工(さん)が向かったというツイートや記事を見たときにヨウジのキャップを被っているのを見かけて、それをきっかけに踏ん切りをつけて買いましたね。

 

しかし、もう一つの壁としてキャップを敬遠していたのはお店で試着する自分を見られるのがとても嫌だというもので、今回はお店でツバを前向きにオーソドックスな被り方はして買ったものの、家に帰って本来着用する逆向きの被り方をすると恐ろしい程似合わないことに気づいて…。

 

顔立ちはもちろんですが、斎藤工(さん)のとは違いツバの反対側にヨウジロゴが入っていないものを買ったため、髪も帽子も真っ黒でツバなしの見え方がヤバ過ぎる。

 

洋顔というかシュッとした顔でないと被りこなせないなと(前髪を出したりすれば別かもしれませんが)。

 

まぁ、帽子というものは本来日避けの目的ですから一つ持っておくくらいあっても良いですし、被り方を模索するなりしようと思います。

 

初めての分割払いにしたので月の支払いは抑え目ですけど、赤黒はほぼ厳しいですね。

 

担当さんとのお話で過去のコレクションの服の手に入れ方というテーマで話した時に中古品についての考えをお聞きしましたが、やはり店舗で買うことにはそれはそれの意味があって、価値があって、刹那的でもあるというように仰っていたので、資金繰りのために売るのもなぁと少し思っています。

 

まぁまぁまぁ。

 

CデリバリーのLOOK18の白黒パンツとか気になっているものはちょいちょいあるので、臨機応変に考えて行こうとは思います。

 

今回も楽しいお時間でした。

 

あと、訪店記には初心者のための入門書的案内ができればという思いも込めているので色々な店舗の外観の写真を載せて雰囲気など伝えられればと思って写真撮影のお話をしたのですが、どうやらNGらしくて、個人で閲覧する分になら特別にということで、残念ながら断念です。

 

絵は描けないので、大雑把な図式に起こして載せようかなとは思います。

 

確かに店舗の写真てあまり見たことないし、一定の格式あるお堅い雰囲気も大事だよなと思ったり、そもそもこんな記事書いてること自体が野暮なのか?と少し思ったり。

 

勇気ある行動できる者のみが許される的な。

 

でも、自分の実体験としてネットで調べて雰囲気察したり、愛用者のTwitterやらインスタやらで情報得たりしてたので、それと変わらんかとも。

 

その行動も要される一つの要素だったりして。

 

乃木坂コラボとか、ニューエラコラボとか、どちらかと言えばキャッチーな売り出し方もしてるし、HOMMEは違うかもしれないけれどs'yteを始めGroundYとか安価で若者向けという経営的な売り方してるし、初心者向け記事は許してもらえるかな。

 

と思ったけど、YouTubeでなかむ(さん)やリョウマツモト(さん)がYohji Yamamotoについて語ってますし、文字よりも明瞭な動画で取り扱ってるので大丈夫そう。

 

そんな感じです。

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帰省夏

昨日までの3連休、地元に帰ってました。

 

本当は先週の金曜午後から帰る予定だったんですが、大雨で流れての今週でした。

 

お盆に帰るのに何故このタイミングで?と言われると特にないんですけど、帰ると美味しいご飯が食べられるのと短期間であれば良い気分転換になるという事で帰りました。

 

母の料理美味しいんですよね。

 

加えて祖母が過保護なので良い意味では外食に連れて行ってくれるのです(手料理も美味しい)。

 

大した味覚はないので地元ならではの美味さだよなぁとか食材に対して思うことはあまりないのですが、名産品はやっぱり地元の味だよなとかは思いますね。

 

ただ、集団生活が故なのか実家故なのか一人暮らしの気楽さのない生活は息苦しいです。

 

うちでは、「午前中は基本的にクーラー無し、付けても28℃が基本」とか「水がもったいないのでシャワー浴びは否定されがち」とか「氷も多量に使うのは無駄と禁じられる」とか。

 

肌弱い上に異常な汗かきなので酷いあせもになってつらかったですね。

 

そういえば、今回初めてヨウジの服を着て帰省したんですが、母からの強い拒否反応がありました。

 

ある程度想定していたので、トップスはUNIQLOUの白Tに無印の白シャツを羽織って、パンツがバルーンという装いに抑えたのですが、それでも「中国雑技団の人」「中国人にしか見えない」「スカートに見える」と言われましたね。

 

母の価値観的にどうである50%、世間体として恥を晒すな50%って感じの印象。

 

下宿先では滅多なことがない限りヨウジ以外の服を着ない生活スタイルに切り替わっているので、今更窮屈さに縛られた服装を短期間といえどしたくないんですよね。

 

ということでY-3にも手を伸ばしてみようかと思ってます。

 

一応軽く説明すると、adidasYohji Yamamotoのコラボで、adidasの製品をYohji Yamamotoがデザインするというものです。

 

着用感の点では耐えられても汗が染みるという意味合いでウールギャバのパンツは避けたいのと、単純に暑さ回避の意味合いでスポーティーなヨウジの服が着れるのはメリットしかないんですよね。

 

この範囲力というか、日常においても運動時においても好きなブランドの服が着れる環境があるというのは一貫性があってとても助かります。

 

何でもかんでも思考停止で寄せるのはダメですが、「服」に関してはそのプロですから良いでしょう。

 

ただ、HOMMEと値段があまり変わらないっぽくて悩みどころ。

 

しかも、AWに入ってしまったので、夏服として買うには遅かったのかと…。

 

取り敢えずは店舗てお話伺ってこようかなと思っています。

 

そしたら訪店記としてレビューも書きますね。

 

とまぁ、服に関しては悲しい帰省でした。

 

ビールの美味しさが最近多少分かったという話をすると「そういうなのは自分で働いてからにしなさい」とか言ってくる母なので(本気7割5分)値段なんか絶対に言いませんけどね。

 

あ、お酒を禁じられてることはないんですけど多量摂取(ビール350ml缶2本でごちゃごちゃ言われたけど)とか、吸ってないですけど煙草とか、イメージ的によろしくないことに口出しって感じですね。

 

その辺は100歩譲ってバイトの金だろうが何だろうが自立してないうちは金の使い道は親の大筋に従えってのはウザいですかね。

 

浪人だの留年だの金銭面で並の人より面倒かけてる事実はありますが、それとこれは別の話なわけで。

 

やっぱり、ネットもしないし、仕事辞めて外出も少なな環境だと視野が狭くなって凝り固まった固定観念で生きてしまうのかなと。

 

また別記事で書くつもりですが(書いたっけ?)、子の親に対する役割は価値観のアップデートだと思っているので、その辺を言葉なりプレゼントなりから始めて変えていければ良いなと思います。

 

あとは、年に数回しか会わなくなってからは、帰らなくなってからは街にしろ両親祖父母とも写真にして記録したいなという気持ちが湧きました。

 

できればスマホのカメラではなくて。

 

短いながら実りはあったかな。

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より田舎に住む祖母の畑

 

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金魚≠鯉

 

 

ヨウジ訪店記3

こんばんは。

 

プライベートの方の悩みはなんとか解消され、安堵しているところです。

 

さて、昨日(日付超えたので2日前か)はYohji Yamamotoの18AWの立ち上がりでございました。

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(こんな招待状が届きます。ティッシュは住所隠してます。)

 

他の店舗からも届きましたが、今回は京都伊勢丹店へ。

 

正直なところ、コレクションの動画を観ていても赤黒コート以外はあまりピンとこず、どうなんかなと思っていたのですが、実物を見るとそんなことないですね。

 

秋冬服特有の良い意味での重さ、重厚さが見てるだけでも試着してもワクワクするというか。

 

ウールギャバジンというものの本域を見たというか。

 

店員さんも皆、新作をがっつり着こなしていて、コレクションの非現実な世界観とはまた違った見え方なのが面白く、そしてとてもカッコよかったですね。

 

その日購入したのは予約していたウールギャバ のバルーンパンツ1点です。

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2パターンの着こなしができるのは本当に魅力で、これで毎日ヨウジで服装が回せそうです。

 

新作のスカートパンツなるものもご紹介いただいて、両脚の真ん中をボタンで留めることでスカート型からパンツになり、ドローコードもついているので、絞ればバルーンという3通り楽しめる上位互換的品も気になりましたがお金無し。

 

男の人が着る女性的な服みたいなことが今季のテーマらしく、上下一体型の服が多かったんですが、体格、顔立ち的にどうなんと思っていたところ、問題なし。

 

むしろ良さげ。

 

その辺はやっぱり凄いなぁと思いました。

 

ただ、季節関係なく暑がりなのと、面倒が嫌いでマフラーや手袋などろくにつけない性格なので、少し面倒かなぁと。

 

裾も結構、地面スレスレだったり扱いは大変そうかなと。

 

BLACK SCANDALラインでは既に出されていた般若や血染め猫などあの辺は「女性の二面性、別の顔」を表現しているようで、こんなに恐ろしい一面もあるっていうのがもう一つのテーマらしいです。

 

あの辺は見てるだけで良いかなぁ。

 

蜘蛛の巣柄はあまり興味がなかったですが、実物見ると案外良いかもって感じでした。

 

そこまで派手な主張ではないし、柄によるテーマ性の押し出しや主張というより、描かれている服の見栄えが他よりカッコよく見えて、ちょっと気になってます。

 

でも、保留してる暇などなく既に売り切れなんだろうなと。

 

同じく、一番気になったDr.マーチンとのコラボのブーツも大人気のようで。

 

キューブフレックスという世界初披露の技術を採用しているとのことで、試着して着ましたが新感覚。

 

ブーツをこれまで買ったことも履いたこともなかったので比較できませんが、疲れなさそうという感想。

 

表現悪く言えば、雪対策の長靴と似ているかも(笑)

 

ただ、予定していなかったので、その場で8万2千は厳しかったので、しかし、逃せば手に入りそうになかったので現在数日の間取り置きしていただいています。

 

今まで使ったことなかったですが、分割払いならなんとかなりそう。

 

しかし、赤黒コートは諦めなければならない状況。

 

コレクション物は寿命というか賞味期限があるというのも分からなくはないので、特に派手なあの色ということも踏まえると無難に汎用性高いアイテムに投資して揃えるのが良い気もしますが…。

 

最悪、ブーツは買ってもこの時期には履けないので赤黒コートがお店に並ぶE納期(9月中旬)までは新品で自宅保管ですから、手放す選択肢もあるのかなと(あまり印象良くない行為ですが)。

 

とまぁ、こんな感じでした。

 

初めての立ち上がり初日の訪店はワクワクして楽しかったです。

 

あと、他のお客さんも平日のお昼ながら4〜5人来店していて、いつもとは違うお店の雰囲気(慌ただしいながら皆楽しんでる感じ)も味わえました。

 

あー、あと今回少し思ったのは、やっぱり秋冬ということで春夏より値段的に高そうだったことも多少ありますけど、商品を紹介して頂く度、気になった商品を見る度に「これでおいくらぐらいなんですかね?」と聞いたり、値札をチェックする、してしまう自分が「野暮」だなぁと。

 

金のない貧乏学生が良いお値段のする服屋に伺ってるわけですから常識的にはそりゃ当然のことだというのは無論理解しています。

 

だけど、あの雰囲気、あの空間で心踊るいわば作品を前にして値段を気にしている自分というのが「同じ空間の一部」であるという視点からすると壊しているなと。

 

払える払えないとかそういうこともさておいて、値段がどうであるという先入観で服を見てしまう自分にも少し嫌気がさしました。

 

分かってます。

 

詳しくことは全く分からないけれど、つけられている価格に見合うだけの背景が揃っていることは。

 

だから、いつか値段を聞かずに、値札を見ずに、純粋に感性に来たものを買える人間になりたいなと思いました。

 

そうなれて初めてその服を本当の意味で着れる気がしたというか、「自分にとっての服とはこれなのだから買わないという選択肢などない、買うのだ」と思いたいなと。

 

それでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーーん、浅い感想しか書けてないなぁ。

深い考察とか、そのための下調べとかもっとした方が記事的にも面白いこと書けるのになぁとちと後悔。

はーわからん(ぶん投げ)

私、今、人権に関する授業を受けているわけなんですけど、難しいなぁと。

 

先天的なものなのか、後天的なものなのかってところが線引きだと思っていて。

 

ハーフの子が云々、部落差別が云々と受けてきて、今は男女の性にまつわる内容なんですけど。

 

詳しくないのであんまり適当にそれっぽいこと言うのは良くないのかもしれないですけど、クラスの出席番号は男女分けるべきではないとか、呼称に性別名が入っているのは良くないとか(女医、女流作家、リケジョなど)、スポーツ選手の年収ランキング上位100名が全員男性はおかしいとか、うーん、言いたいことは分かるのだけれど…。

 

クラスの出席番号はそんなにかなぁ、呼称に入っているのは過去の経緯を踏まえてだし、スポーツはむしろ男女の区別なくしたら男性圧倒的な結果であり、分けたところで同スポーツを比較した時に迫力等の魅力で差がつくのは必然だし。

 

良く耳にする、昔の生活として語られる「男は狩りに、女は生活場でその補助を」が原点で、その所以も与えられたのではなく自然とそうなった、論理も無いであろう時にそうしていたのであるならば、そのDNAやらは強固に受け継がれているのではないのかなと。

 

小難しい言い回しになってしまいましたが、端的に言えば先天的な差として男性は筋肉多量、女性は生理、妊娠、出産という個別の代替不可な性質を担っているわけで、それを元に考えても先述の暮らし方は合理的だったのかと。

 

ただ、吉田沙保里(さん)は霊長類最強だとか、テニスのウィリアムズ姉妹はヤバそうとか、一部例外はいるわけで、それは臨機応変に適宜対応すれば良いのかと思いますけども。

 

分かりませんけど、男性脳、女性脳と性別で脳も違うらしいですし、例外を除いて適した役割はあるのだろうと思いますね。

 

知り合いの詳しい人が言ってましたが、「何故ホームレスのような人達に女性っていないんですかね?」という疑問に「女は身体があるからなんとでもなる(要するに風俗)」と答えていて、あぁ肉体的な欲求で言えば少なくとも表向きは男の方が大いに傾いてるよなぁと思ったり。

 

でまぁ、男女の性とは話が変わるのですが、そんな風に今までの当然を疑い、その当然によって奪われてきたものを取り返す的な意識で言うならば、例えば家族間での恋愛とか格差歳下好き(いわゆるロリコン)とかも、「それはおかしい」という初めに思ったのだろう人、もしくは大多数に決めつけられただけのことなのかもしれない。

 

例えば、兄と妹が好きになって交際し、肉体関係もあります、となった時に、現代では犯罪だの頭おかしいだのという評価になるのかと思いますけど、親違いの兄妹ならただただ立場だけの間柄なので許されるのかもしれないし、同じ親だとしても小さい頃に離れ離れになり何十年後に出会った場合には好きになりうるかもしれないですよね。

 

要するに、遺伝子的に兄妹は好きになり得ないとか、拒否反応が生じるというようなことはなくて、同じ屋根の下で物心がつく前から生活を共にしたり、学校生活で兄妹という関係が強烈に意識づけられることによってそういう関係にはなり得ない、なるべきではないという思考が定着するだけなのかもしれないわけで(何度も言いますが医学的な根拠とかは一切知りません)。

 

ロリコン(定義分かりませんが)も気持ち悪いと捉えられますが、生物学的には初潮、精通が来れば身体的には子供を授かれるわけで、でもその年齢って小学生だったりもして、時代が時代だからおかしいと言われるけれど、状況さえ、環境さえ整っていればその年齢から子育てしてたりしてもおかしくはなかったりするのかもしれません。

 

故に、法で線引きされているというだけで、70代が50代を20歳差超えて好きになるのと、20代が10代好きになる10歳差、1/2倍にしてもおかしいと捉えられることがおかしかったりするのかも。

 

小中学生が身体的には成長途中だとしても高校生にもなれば割と半数以上は成長済みだと思いますしね。

 

同年代に相手にされないから歳下で満たそうとするとかそういう話は別として。

 

(ちなみに女兄弟いませんし、ロリコンではないです)

 

他には、男が上裸で許されるなら女も許されるべきだ、って主張とかあってもいいと思ったりします。

 

胸が膨らんでいることを見られるのは本当は恥ずかしいのですかね?

 

下着や水着で隠す部分といえば胸に関しては乳首になるわけですが、そこを見られるのが恥ずかしいという論は男が恥じらいなく上裸を晒している現状から否定されますし、女は胸を隠すべしという常識のもとに育ったが故、要するに後天的な考えなんじゃないのかと。

 

下半身は急所を隠すとか、まぁ精神状態によって状態が変化したりするので、まぁ隠すのは両性別ともアリでしょう。

 

とかね。

 

まぁ、女性の胸が膨らむのは授乳のためではなく、男性への性的誘惑の役割がお尻から移ったためという記事は読んだことありますし、お尻でもいいですけど、そういった先天的な性の役割があったりする以上ちゃんと考えないとねと。

 

生殖において攻めと受けが確定してる以上、そこから派生する確定的役割は受け止めないとねと。

 

どうなんですかね。

 

ヨウジもユニセックス(男女区別なし)をテーマにしたGroundYとかBLACK SCANDALってライン出てますけど、私は買いませんね。

 

否定とか批判じゃなくて、肩幅広いし、中性的な顔立ちでもないし、ゴツいので似合わないんですよね。

 

でもそれって個人差はあれど、男性的な身体、女性的な身体に合わせた雰囲気って必然的に存在するので、うーん。

 

話変わりますが、これまた授業で確か五輪の生みの親?だかの発言で「スポーツは女性らしさを削ぐ」と言ったらしいんですが、あながち否定できないじゃないですか。

 

らしさとは?って哲学はさておき、「らしさ」を反対の性別の対極的性質を持つことだとするならば、スポーツに伴う筋肉は男性的ですし、男性ホルモンがどうたらそういうのはどうしても存在する。

 

現に過度な運動や減量で女性本質である生理に影響出ますし、身体的に拒否反応が出ているのではないかと。

 

性別の本質を無理に否定して混同することこそどうなのかなと思わないではないですね。

 

その本質からどんどん離れ、運動量が減り、もはや座っているだけでよくなり、そういった生活スタイルが男の草食化(女性化?)を招いている一因だとも思います。(逆も然り、運動する女性の男性化)

 

動物として運動を前提に作られているので、必ず無理が生じるはずで、その生き方を選択しただけで生命燃やしてんなとも。

 

運動を前提とすれば、狩りを前提とすれば、筋肉無しでは即死だし、長距離移動に耐えうる体力はないし、髪の長さは視界を奪うし。

 

テクノロジーだの脳の進化だので、銃やら核兵器やらといった武器が生まれて筋肉を代替し、車輪、燃料、電気が脚と体力を代替し髪の長さは結べばなんとかなるというだけ。

 

でも、身体に秘められた、DNA的本質は世の進化、テクノロジーには追いついてないと思うけどなぁ。

 

まぁ、選択肢が用意されていて、どちらでも選択できることは良いことだろうし、問題ないのだけれど、そういった本質を見失う、そもそも知り得ない、理解していないままでは良くないのかと。

 

男なんだから泣くなとか、男なんだから力仕事をやれとか、その辺はしゃーない、と思うけど。

 

泣かない奴の方が「カッコいい」し、相対的に筋力あるんだから力仕事には向いてるはずだし。

 

女々しいって言葉もあるし。

 

過去にそうされてきたことを一概に否定するのもなぁと。

 

そうされてきただけの理由を考えてからでないと。

 

男女のその場における具体数(人数)を全分野で50%ずつにすることが平等をもたらすわけではないし、上手い具合に「らしさ」を尊重した思想・思考を互いにインストールできる仕組みづくりを頑張るべきかなと思いました。

 

気付いたら長くなってしまっていて、乱暴に書いたので読みにくい気がするのでちょくちょく修正して更新しようかな。

 

はい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今受けてる授業もそうで、2年前に出席足りずに落とした同授業の時もそうだったんですけど、どちらも女性講師で、結構反骨精神というか、言っちゃなんですけど逆差別にまで到達してるような発言もあって、あんまり印象良くないんですよね。

生きてきた時代が今と比べて男尊女卑がより強かった時代の影響なのかなとか思ったりしますけど、そこまで言うことないやん的な。

男として生きてきただけに感じられていない、知らず知らずのうちに優遇されていた部分があった可能性は否定できないんですけど、感情論的な話の進め方されるとキツイなと。

難しい、で放棄せずまだまだこれからも考えていくので、未熟な考えも書いてしまったかもしれませんが、現段階での素直な解釈としてとりあえず書きました。

明確な根拠示しながら話していきたいね。「〜らしい」って書き方がもどかしい。

 

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干してた服

はーしんど

何かしら書き続けるつもりが、またプライベートで予期せぬアクシデントに見舞われて精神的にしんどい毎日です。

 

ざっくり望みを言えば、「彼女欲しーなー」なのかな。

 

でも、この言葉を聞くたび思うのが逆なんじゃないか、と。

 

良き人がいて、その人に彼女になってほしいという気持ちを抱くのが正のプロセスではないのかなと。

 

婚活とかその上位互換(悪い意味で)?

 

良し悪しも正誤もないのかもしらないけど、あくまで印象として代替可能ポジションとして彼女だの彼氏だのと名付けている感じが心地よくないなぁとは思います。

 

まだ、彼女彼氏と呼んでいるうちは未来が未確定なのでアレですけど、元彼だの元カノって言葉が死ぬほど嫌いでして。

 

平然とそういう単語を人前で使うのは気分が悪くなってしまいます。

 

ポジションに対し好きだの愛してるだの言ってたの?と。

 

またそこが入れ替わればその薄っぺらな言葉を投げかけるの?と。

 

あらー、話が逸れましたかね。

 

んー、でも気分として、全ての素を曝け出せる対象が欲しいです。

 

で、私は同性である限りその条件は仲がどんなに良くても満たせないと思っているので、そうなると彼女が欲しいになるのかと。

 

また、こういう話になると思うのって、「人は中身」論って、大前提が(LGBTの方などは除いて)「相手が異性であること」な以上、成り立たんのかなぁとか。

 

中身が素晴らしいなら男でも女でも良いわけで、感情より論理で好きになるなら同性でさえ愛すべし、とか思う時が。

 

それを考え始めて以降、確かに異性にしかそういった感情を抱いてこなかったけど、場合によってはありなんかもねとか思っていたりします。

 

でなければ、やはり異性でなければならない根拠である「性的な関係」を最重要に位置してしまっている気がししてしまうからで。

 

まぁ、それは生物学的な観点からは当然なのだと思いますが。

 

ここでは生まれ持った、あるいは育てられた中で持った感情面を満たすために可能ならば異性で素をさらけ出し受け止めてくれる相手、を欲しているということにしましょう。

 

言い換えれば、それは、甘えたいのかな。

 

で、これまた思ったのは土地を転々とする場合、彼女彼氏(先述の通りなるべく使いたくないのでパートナーと称します)の相手ってどうするものなんですかね?

 

私なんかは距離なんざかんけーねーと幻想のようなものを抱いて生きてきましたが、さすがに大学生という立場、本来の同学年は就職組ともなると、やはり難しそうだという印象がありますね。

 

子供が云々、家が云々とか絡むと複雑ですしね。

 

職場も簡単には変えられんのかな。

 

いやー、高望みはせず、自分との関係を最優先コミュニティとする間柄の相手が欲しいですかね(それも高望みか)。

 

親友?近場の。

 

人は自分を写す鏡ならば、ここ数年の私は鏡を見ずに日々を生きているわけですが、それってめちゃくちゃで。

 

家の中から鏡のない生活をしたことはありますか?

 

髪型のセットにせよ、髭剃りにせよ、感覚では難しいものです。

 

あー、鏡欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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書いてる時に撮った風呂場の鏡

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ヨウジ訪店記2

今日は火曜を全休とした時間割を組んでいるということで日曜に寝坊して行けなかったYohji Yamamotoのセールに行ってきました。

 

今回は京都伊勢丹店。

 

今後、ヨウジの店舗を訪れた日には題の様なレポートを書いてみようかと思います。

 

過去にも言いましたが、初心者の方の同ブランドへの入り方を自分を実験台とした変遷を綴ることで伝えられればなと。

 

初訪店時↓

arihuretajinsei.hatenablog.com

 

 

2とは銘打ったものの、ヨウジ店舗に伺うのは2度目ではなくて、阪急メンズ館1回、なんば高島屋2回、京都伊勢丹店が今回で3回目という形ですね。

 

初訪店の京都伊勢丹店を自分の中ではメインに据えていて(担当さん(と呼んで良いのか迷いますが)もいらっしゃいますし)、その他2店舗は他の店舗の雰囲気を味わいたくて行ってみたという感じです。

 

今後もまだ行ったことのない店舗には顔を出してみようかと思っています。

 

名古屋PARCO店は必ず行ってみたいですね(単に名古屋に住んでいた時期があったからなだけ)。

 

さて、7/1から始まったセールなのですが、初日の混雑は凄かったようで、故に2日後の今日では既に売れ線は買い尽くされた後だったようです。

 

まぁでも、目当てがあったわけでもなく、安さを理由に購入する事は自分で禁じていますし、立ち上がりに出るウールギャバ製バルーンパンツとできればなんとかLOOK33のコートの為の資金調達のために浪費はできなかったので問題はなかったのですが。

 

結論から言うと黒のシャツコート(?)を購入しました。

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お値段40%引きで税抜き2万5千だったので、元値は4万2千ほど。

 

口悪いですけど、5〜15、いっても20%引きなんてしょうもない割引率はよく見かけますがお得感がないところ、40%引きっていうのはやっぱり魅力的ですよね。

 

それは初日に並んででも購入するかもと思いました。

 

黒という色の重たさと季節感のなさは全くもって否めないのですが、着心地は軽く制限もなく着用本人にしか分からない良さはあるなといったところ。

 

シャツながらポケットが付いていたり、丈が長めとアウターな作りなので、汎用性は高そうです。

 

ただ難点はポケットの位置が少し低いので、手を入れながら歩いたりといったことは難しそうなのかなと。

 

物を入れておく目的になりそうです。

 

先述のバルーンパンツの予約ついでに自身初のセールの様子見のつもりが購入してしまい(満足してますよ)資金繰り難に陥ったことは…、苦笑

 

LOOK33の赤黒コートはE納期?デリバリー?とのことで、9月中旬(大抵水曜らしいので目安12日とのこと)に入ってくるらしいのですが、さすがに残り2ヶ月で税込26万用意するのは厳しすぎるので何かしら売ったり、夏休みに稼ぐしかないといったところ。

 

AW期間の最後らへん(11、12月)を想定していたので厳しいですね。

 

まず、似合うかどうか問題もあるのでなんとも言えませんが(赤色がそもそも嫌いとは言わないまでも、大好きな青色の対極的存在と認知し、それ故に敢えてこれまで避けていたりした)。

 

そういえば、今日は就活を終えた近くに住む親友と待ち合わせていたのですが、サッカー観て寝不足とのことで来なかったんですよね。

 

私、あれ以来寝ずに行ったのだけど…笑

 

担当さんがブランドに行き着いた経緯とか、素材とか、ブランドの今後とか、黒の発色とか、深いお話を聞けたのは大変な収穫でした。

 

その分、長い間お話してしまいお時間奪ってしまったかなと反省もしておりますが。

 

興味深かったのは京都店は年齢層高めの比率らしく、若者は少なめということ。

 

実際、訪店中に来た他のお客さんはそんな感じでした。

 

あと、土地柄として外国の方も多く来店していて、面白いなぁと。

 

群れたりつるみたいわけではないですが、1人くらいリアルで同ブランド愛好者?の知り合いでもできればなぁと思った一日でした。

 

初心者の方向けに書きたい側面も大いにあるので初心者当時の自分では知り得なかったちょくちょく出た用語解説とか載せようかと思ったのですが、それはまた別記事にまとめてみようと思います(注釈だらけもアレなので)。

 

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その後訪れた都路里

過去に家族で行った時は並び過ぎていて断念しましたが、通り掛かるとそんなに並んではいなかったので行ってみました。

人のいる場では必ず無音カメラ使うのですが、なんかブレたり画質悪くなるのが残念なんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数と体力と

最近、ホントに寝てばかりいます。

 

特に今日(厳密には昨日金曜)なんかは2度も気づいたら寝ていた、なんてことが起きて、流石に驚きました。

 

肉体なり精神が本当に疲れていてのことなら構わないのですが、ただただ浪費な気がして、起きるたびに自己否定ループです。

 

下書きは山積みされていくのに、一向に更新頻度の上がらない毎日。

 

いやーね、気づいたのですよ。

 

締め切りがあるからこそ書けることもあるし、書きたくなることもあるのだと。

 

入れた情報を出す場があるから定着するし、何より何かを書かねばならないからこそ入れようと思う、そういった正のループに入りたいなと少し思いました。

 

ただ、行先が漠然とし過ぎて何から手をつけるべきか迷ったり、フリマアプリで悪質な人といざこざが起きたり、バイト先の仲間が内定蹴って就職迷ってたり、ヨウジの服が欲しいけどお金がなかったり。

 

しんどくなったので、今日は1限の授業を切って久々に図書室に行き自習スペースへ向かったのですが、そこで何か思ったんですよ。

 

あれ、この自主室(スペース)居心地が良いな、と。

 

これまで、あらゆる自習室を利用してきました。

 

私立図書館から県立図書館、学校の自主室、東進、駿台の自習室、喫茶店などなど。

 

でも、そこでは感じなかった居心地の良さの原因は何なのかと考えると、靴が投げる床の仕様と圧倒的天井までの開放感だなと。

 

何が言いたいかというと、「人に適した自習室の在り方」という訳ではなくて、あー当該分野に関して圧倒的な数をこなすことでしか見えない事があるのだなということ。

 

私は自習室が嫌いでした。

 

親は取り敢えずそこに向かわせれば少なくとも家にいるよりはマシだろうと思い連れて行きますが、実際はそこで寝てるか携帯触ってるか。

 

でも、行くだけでその時間分、勉強をしたフリになるので楽だと思いつつ、勉強をしなかった罪悪感がたまってゆく。

 

でも、やたら書く音が響く安い木材製の机に、低い天井、そして窮屈に押し込められた隙間のない並び。

 

結局、家が最強だなと理解していたので、家でやらないならどこにいてもやらないと気づいていました。

 

家はその空間が狭かろうが一人で、息抜きでも窓開けようがクーラーつけようが音楽聴こうが音立てようが自由なので、その居心地でストレスが相殺以上にはなっているはず。

 

何より人目がないのが一番ですね。

 

それでも勉強に明確な目的を持てなかったのでやらなかった訳ですが。

 

ちなみに、広さが欲しいと感じるのは他人と共有する空間における話であって、一人であればもはや自室(6畳とか)でも広くて、個室みたいな0.5〜1畳のトイレくらいの四方八方壁くらいがむしろ落ち着くと思っていて(超小型部屋的な)、調べたところ購入もできるようなのでいつか購入を夢見ていたりもします。

 

「だんぼっち」と「COZY ROOM」という商品には目をつけています。

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8〜20万程と、まぁ夢が叶う分にはお安い(ヨウジ買う感覚すれば断然)値段なので今すぐにでも欲しいですが、空間的なことといずれ来る引越しを考えて抑えています。

 

ただ、通う大学の自習室は広い空間の一画がスペースといった形でしたし、窓からは良い景色も見え、勉強を目的とせずとも利用したくなる空間だったなと思いました。

 

その他を経由していなかった時に同じことを思っていた可能性や個人の感想に過ぎないことは否めませんが。

 

とまぁ、今考えるとこじつけている気がしなくないんですけども、圧倒的、本当に大事なので繰り返して圧倒的インプットは世の中を見る視点を養う上で土台というかもはや必須なのだなと実感しました。

 

調べていて見かけたのですが、落合さんとか毎日一冊は本読んでいるらしいですし、あの多忙ぶりでそれをこなす人を見て、それくらいは自分もしないとなと(速読を身につけているらしいので読書速度に差はありそうですが)。

 

とは言ったものの、まだまだ漠然としていて、じゃあどの本から手をつけるのか、何をインプットするのかすら分かりませんが。

 

積ん読(気になって買ったけど読み進める、継続する大変さから逃げて積んでいる本)が割と大量にあるのでそこから手をつけることにします。

 

意識的に更新頻度上げようと思うので(まぁ無理はない程度に)、その際に読んだ本の紹介とかできれば一石二鳥ですかね。

 

数をこなして体力つける。

(ここでいう体力はスタミナというか、継続できて飽きない力です)

 

当面はそれを目標に日々を過ごすことにします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

YouTuberの動画最後に大抵あるチャンネル登録促進映像の効果のほどには常々懐疑的な姿勢だったのですが、お試し程度でTwitterのリンクを貼っておきます。

確か一度くらいしか貼ってなかったのですよね。

アクセス解析的にTwitterからの来訪者は少なく、GoogleYahoo!からの方が大半なので、そう考えると一期一会的な記事の読まれ方なので、繋がりを持つ可能性を増やす意味で貼っておきます。

どうぞ↓

http://twitter.com/arihure_jinsei