ありふれた人生の中

傷つきたくないから探してる/不定期更新/備忘録&日記

はーしんど

何かしら書き続けるつもりが、またプライベートで予期せぬアクシデントに見舞われて精神的にしんどい毎日です。

 

ざっくり望みを言えば、「彼女欲しーなー」なのかな。

 

でも、この言葉を聞くたび思うのが逆なんじゃないか、と。

 

良き人がいて、その人に彼女になってほしいという気持ちを抱くのが正のプロセスではないのかなと。

 

婚活とかその上位互換(悪い意味で)?

 

良し悪しも正誤もないのかもしらないけど、あくまで印象として代替可能ポジションとして彼女だの彼氏だのと名付けている感じが心地よくないなぁとは思います。

 

まだ、彼女彼氏と呼んでいるうちは未来が未確定なのでアレですけど、元彼だの元カノって言葉が死ぬほど嫌いでして。

 

平然とそういう単語を人前で使うのは気分が悪くなってしまいます。

 

ポジションに対し好きだの愛してるだの言ってたの?と。

 

またそこが入れ替わればその薄っぺらな言葉を投げかけるの?と。

 

あらー、話が逸れましたかね。

 

んー、でも気分として、全ての素を曝け出せる対象が欲しいです。

 

で、私は同性である限りその条件は仲がどんなに良くても満たせないと思っているので、そうなると彼女が欲しいになるのかと。

 

また、こういう話になると思うのって、「人は中身」論って、大前提が(LGBTの方などは除いて)「相手が異性であること」な以上、成り立たんのかなぁとか。

 

中身が素晴らしいなら男でも女でも良いわけで、感情より論理で好きになるなら同性でさえ愛すべし、とか思う時が。

 

それを考え始めて以降、確かに異性にしかそういった感情を抱いてこなかったけど、場合によってはありなんかもねとか思っていたりします。

 

でなければ、やはり異性でなければならない根拠である「性的な関係」を最重要に位置してしまっている気がししてしまうからで。

 

まぁ、それは生物学的な観点からは当然なのだと思いますが。

 

ここでは生まれ持った、あるいは育てられた中で持った感情面を満たすために可能ならば異性で素をさらけ出し受け止めてくれる相手、を欲しているということにしましょう。

 

言い換えれば、それは、甘えたいのかな。

 

で、これまた思ったのは土地を転々とする場合、彼女彼氏(先述の通りなるべく使いたくないのでパートナーと称します)の相手ってどうするものなんですかね?

 

私なんかは距離なんざかんけーねーと幻想のようなものを抱いて生きてきましたが、さすがに大学生という立場、本来の同学年は就職組ともなると、やはり難しそうだという印象がありますね。

 

子供が云々、家が云々とか絡むと複雑ですしね。

 

職場も簡単には変えられんのかな。

 

いやー、高望みはせず、自分との関係を最優先コミュニティとする間柄の相手が欲しいですかね(それも高望みか)。

 

親友?近場の。

 

人は自分を写す鏡ならば、ここ数年の私は鏡を見ずに日々を生きているわけですが、それってめちゃくちゃで。

 

家の中から鏡のない生活をしたことはありますか?

 

髪型のセットにせよ、髭剃りにせよ、感覚では難しいものです。

 

あー、鏡欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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書いてる時に撮った風呂場の鏡

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