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傷つきたくないから探してる/不定期更新/備忘録&日記

ブロガー云々胡散臭い

学校バイトの日々。

 

後期入ってからの時間割りがほぼ1〜5限になってしまい、ブログはもちろん、他のことに使う時間も睡眠に置き換わりつつあってしんどいです。

 

何が一番しんどいかって、授業を聞き流して終えてしまって何してるかよう分からんのですよ。

 

断片的には入ってますが、体系的な流れとして、分かりやすく言えば高校までの教科書のような流れがないのがしんどいですね。

 

ぶっちゃけ、大学入って学んだこと(学習面)は?って聞かれたら何も答えられない、と気付いて焦ってます。

 

そんなこんなでもTwitterとかyoutubeとかは見ちゃってるんですけど、最近よくブロガー?で生きていく的な人見かけるんですよね。

 

好きなことで生きていく(動画版)がyoutuberだとしたら、好きなことで生きていく(文字版)がブロガーみたいな。

 

でも、後者の胡散臭さというか、逆に量産型な感じが見てて気持ち悪いなぁと思ってしまいます。

 

「会社辞めて〜」、「〜ヶ月で〜万PV達成」とか。

 

んで、大抵似たような自撮り写真のアイコン。

 

有名企業とか芸能人のようなインフルエンサーとやらの真似事なのか。

 

そういうのに噛み付いていくスタイルとかそういうのじゃなくて、嫉妬でもなくて(ないつもりで)、側から見て憧れはしないなと。

 

掲げている「自由な生き方で、好きなことを仕事にする」という理念?はどう考えても羨ましいのに、それで生きている人自体には魅力を感じないという。

 

元々それなりにいたのか、実際にその期間と被ったのかは分かりませんが、丁度一年前に本屋巡りの中で偶然手に取った落合陽一(さん)の「これからの世界を作る仲間たちへ」という本にどハマりした辺りからやたら見かける回数が増えた感覚があります。

 

もちろん、意識がそこ(落合さん関連の情報)に向いたことで増えたと錯覚している可能性は否めません。

 

で、その数ヶ月後に情熱大陸でカレー飲みをキッカケに落合さんブームが始まり、本人も書籍連続出版、Twitterで色々な意味で奇妙さが受けて、色々な人が言及と。

 

同時期辺りにミニマリストのしぶ、プロ奢られの人とか知りましたね。

 

(ちなみに後者の人、毎朝早くに起きて会社に行き働くに始まる社会一般の人達の方が凄いみたいな煽りよくしてますが、見知らぬ人に奢られに行く(コミュニケーションを取る)とかその事をTwitterで文字化したり、そういう事する方が自分ならストレスで続かないって感じですかね。)

 

彼らがどの程度なのかとか知らないし、歴の長さも知らないけど、フォロワー数的にはそのブロガー的生き様配信者界隈では影響力強いと思うんですが、その彼らを上位層とすると、真似事した人がわらわらと出てきたという感覚です。

 

まぁ、その上のガチインフルエンサーとしては堀江貴文(さん)、落合陽一(さん)の2強に加えて、箕輪って編集者が関わって本出した彼自身含め、田端慎太郎、前田裕二(さん)とか、西野亮廣、はぁちゅうとかが見え隠れしてる感じでしょうか。(さんを付けていない人は嫌いか、あまり知らない)

 

自撮りアイコンに、インフルエンサーの名言RT、ブルーオーシャン的細分化・差別化した個性推し、同じような界隈仲間間での褒めあい、オフ会して記事にし合い、批判的な意見は気にならなくなったアピール。

 

なんでも良いけど、一番胡散臭いのはやっぱり「〜万PV達成で月収〜くらいです」かな。

 

始めてからのその過程をノウハウとして教えますって書いてなにかのリンク貼ってあったり。

 

ぶっちゃけこのブログ、それで生きていくとまでは思ってはなかったですが、ある程度人に読まれて(自信を持って)、そういう価値観、視点での世の中の捉え方もあるのねとか、この人の思考や生き方は読んでて面白いなと思ってもらえたりしないかなぁと思って始めた節もありまして。

 

逆にそれがネックになって一つの題に対してきっちり詰めた記事にしなきゃ納得できない感じがあって、下書きは山ほど貯まるけど更新はできてないという。

 

人に読まれるためには何はともあれ認知されなきゃいけなくて、自撮りで顔出しした方がいいし、事細かに自分の生い立ちを語った方がいいし、積極的に目標のブロガー仲間などを作りにリプ飛ばした方が良いし、炎上覚悟で過激な記事書いた方がいいし、みたいな積み重ねがこの記事で語った人達で、戦略的な結果なのだと、マネタイズ?な蓄積なのだろうと思いますが、そうしたくはないのですよね。

 

まぁ確かに有益な情報を発信している訳ではないので、そういう意識高いものとして共有されることはないでしょうし、似た境遇の人がたまたま検索してワードが引っかかって読まれて、その人が何かは感じたとしてもそれはそれで終わって広がりが生じることはないのだろうなとも察していますが。

 

まぁまぁまぁ。

 

本記事のように言葉選びも適当でニュアンス山ほど、文章の意味ほぼ無しなものを更新してしまうのは不本意ですが、それも実力でしょう。

 

あれ、結論は…。

ブロガー胡散臭い!